たまの覚書

記憶を書きとめておくところ

ベランダ

洗濯などでベランダに出ると、たいてい鍵をかけられて締め出された。

トイレや押し入れと違って気が楽だった。何しろ空間が開けている。最悪、ここから飛び降りれば解放される。たぶん人生からも解放されてしまうが。まあ、なんにしろ逃げ場があった。

締め出されるのはだいたい夜なので(昼だと私が怖がらないから面白くないらしい)、ぼんやりと夜景を眺めて過ごしていた。やけにすきまのあいた手すりの間から脚を投げ出し、家の前の道路を眺めるのも楽しかった。

家の前は飲食店が並び、駐車場もあるので、夜もほぼひっきりなしに人や車の往来があった。

目的の店が目の前にある彼らは、わざわざ上を見上げたりしない。私はちょっとえらい人か、かみさまになった気分で彼らを観察していた。その下品な会話、すぐ前でこどもが聞いてますよ!気付いてないんだろうな~ふふん。

 

そうやって一時間、二時間が過ぎると、「いつまでも何やってんだ!」と窓を蹴られる。ここからが面倒だ。「じゃあ鍵あけてよ」「お願いしますだろ」「おねがいします」「風呂は抜いたからお前入れないよ。早く開けてくださいって言わないのが悪い」

とにかく私に懇願させたいのだ。

私もコンクリートのベランダで眠るのは難しい。せめて平板な声で「はい、ごめんなさい。私が悪いです。あけて下さいお願いします」とお願いする。

中に入れてもらうと体を取り巻く空気がまったく違って、ああ、外は寒かったんだなあと実感する。さて、これから家族の布団敷きと食器洗いだ。